Month: 9月 2017

夕食は熊肉の煮込みやそうめんと天ぷらだった

昨日の夕食には熊の肉が出ました。
家族の1人がもらってきたものなのですが、調理前のものを見ると赤身だけで脂身があるようには見えません。
圧力鍋でネギ、にんにく、生姜、醤油などで煮込まれたそれを食べてみたのですが、缶詰の牛肉の大和煮を連想させる味でした。
両親に言わせるとクジラの肉なのだそうですが、私はクジラの肉は皮と脂身の部分しか食べたおぼえがないのでよく分かりません。
我が家ではよく夏にクジラの脂身と夕顔の味噌汁を作り、父が喜んでそれを食べます。
他にはそうめん、茄子やかぼちゃ、ちくわ、ししとうなどの天ぷらがありました。
最近よく出るそうめんですが食べやすくて何束も食べてしまいます。
あと昼食の残りのアジフライがあったので、締めにめんつゆにご飯を入れ、その上にアジフライを乗せて食べました。
それでもうお腹いっぱいで満足です。
最近野生の鳥獣の肉がジビエと呼ばれて人気だそうですが、もっと色んなものを食べてみたいものです。
中でもイノシシが美味しいとネットで言う人がよく見かけるのでその被害も大きいらしいのでとってみたいと思いました。

お馬さんパカパカ 雨にも風にも負けず一生懸命

私の趣味は競馬です。
競馬というと新聞片手に変な帽子をかぶったくわえタバコのオジサン臭いイメージだったのですが、全然違っていました。
私は幼い頃から動物が大好きで、ヒト以外にはかなりモテます。ですが、もともと根っからのギャンブル嫌いです。
では、そんな私が何故競馬が趣味になったかと言うと、ありきたりですが、当時(今もですが)の彼の影響です。
彼はギャンブルで、儲かったらイロイロとプレゼントしてくれたり私にはラッキーな所もあったのですが、
デートで競馬場に行き目の前で走るあの格好良さ、毛並みの綺麗さたるや感動そのもで、興奮しました。
それ以来、ギャンブルの観点では無く応援と言う気持ちで競馬を楽しんでいます。
もちろん1着になったときの喜びは、オリンピックで金メダルを取った様な気分にさせてくれます。
その日の天候、馬場の状況、ジョッキーにも左右され、過酷な訓練の成果にたった数分ですが応援に力が入ります。
また、キャリアが長くなるにつれ種馬となりその子孫も応援できるのが私にとっては醍醐味でもあります。
まだまだこれからの応援していきたいと思います。

「ラッキー生年月日」を読んで自分の実利を知った

青木和雄教員、吉富多美様共同の「幸運生年月日」は読んだ先々、あたいという側を見つめ、そのプラス、尊さをきつく知れる教科書だ。主役のあすかはファミリーの誰からも愛されず、単に女の子を必要とする思春期にその女の子から「うまなきゃよかった」と言われ、主張を失います。話すことも主張をあげて泣くこともできなくなったあすかの心の危惧を知った兄があすかを女の子人の祖父母の元へ行くように勧めます。無条件にあすかを盛り込み、かわいがりていただける祖父母の元でおのずとあすかの傷ついたメンタリティも癒され、失った主張も元通りになります。祖父母の濃い情愛を捉え、大自然のマネーを感じながら、いつのまにかあすかはあたいという側は誰かにどうしてかされて良いものではない、あすかはあすかの品物と映るようになり、自分自身への自信さえ覚えるようになります。年月日は過ぎ行き、愛する祖父母と分かれ、あすかは女の子との確執は残るとおりふたたびファミリーの元へ帰っていきます。しかしあすかは自分だけが不幸なわけではない、女の子もまた自分の赤ん坊として苦しい期間を歩んできたことを理解し、女の子に接し、また仲よしを含め、まわりの面々とのつながりを深めていきます。幾分11年齢のお嬢さんがそのメンタリティが壊れてしまいそうなほどのやりきれない本心、声に出せないほどの危惧を背負いながらも奴が人として要るその側プラスを分かり、立ち上がって行く姿勢はまるで自分の地のように感じながら、涙無しには読み続けられません。最後に女の子が我々を見つめ、あすかの危惧をOKときのあすかの笑顔は教科書のなかとはいえ、必ず昨今目の前であすかがとっても笑っていらっしゃる姿勢を見ているような意思さえしてきます。読み終えた先々、無意識のうちに「幸運生年月日あすか、幸運生年月日私」と口ずさんでいらっしゃる自分がいました。そしてあすかと同じように「私は私。生まれてきていいんだ。生まれてきて良かった。」と心に強くそう感じました。仮にあたいという側にそのプラスを見いだせなくなることがあるならば、どうしてもこういう教科書を掴むことをお奨めします。読み終わった期間、我々に対してマジ「幸運生年月日」と言いたく陥るあたいをわかることができます。